絵本・旅行コラム(パパママコーナー)

「おやすみなさい おつきさま」

 

 

「おやすみなさい おつきさま」

            文学紀行

児童文学研究家 石川 晴子

「おやすみなさいのほん」
マーガレット・ワイズ・ブラウン 文ジャン・シャロー 絵 石井桃子 訳

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみおつきさま」

マーガレット・サイズ・ブラウン 文

クレメント・ハッド 絵 瀬田 貞二 訳

 

 

 人間は1日のうち何時間かは眠ります。ところが毎日のことなのに意外とやっかいでもあります。寝つきが良かったり悪かったり。自分で自分をコントロールするのに苦労することもあります。子どもを寝かしつけるというのは、きっと人類がはじまったときから、おとなにとって大変な仕事のひとつだったのかもしれないと思うことがあります。

 子守唄にも「・・・寝た子のかわいさ、起きて泣く子の、ネンコロロ、つらにくさ、ネンコロロ・・・」というのがあります。「つらにく」さとは「面憎く」さと書き、「見るからにくらしい」という意味だとか。イギリスの伝承の歌には、ゆりかごを木のてっぺんにぶらさげて、風が吹いたら、ゆりかご、赤ちゃん、なにもかも落ちるという物騒な子守唄もあります。

 子ども絵本の内容を分類すると、英語圏ならABCの本やわらべ唄、昔話などと並んで「おやすみなさい」の本が数多くあります。初版が出てからもう70年以上出版されている「おやすみなさい」の本が「おやすみなさい おつきさま」です。これはアメリカの絵本で、日本ではまだ50年以上という絵本はほとんどありません。

 では、この「おやすみなさいの本」の古典といってよい「おやすみなさい おつきさま」はどんな絵本なのでしょうか?ご存知の方も多いでしょうが一応ざっと見てみることにします。

「おおきなみどりのへやのなかに」ピンクがかった赤いベッドや小さな丸いテーブル、ベッドサイドの小さな引き出し、ゆり椅子や物干し、人形の家などがあります。画面の真正面の壁には、二面の大きな窓があり、まん中に暖炉があります。テーブルの上には電気スタンドにヘアブラシとくし、それにボールに入ったおかゆ(日本語版ではおかゆと訳されています。原書ではmushとあります。マッシュポテトのマッシュです。)が並んでいます。ベッドサイドには電話と時計にノートのようなものもあります。壁には3枚の絵がかかっています。月を飛び越えている牝牛、椅子にすわっておしゃべりしている3匹のクマ、それに川で釣りをしているウサギの絵です。牝牛はイギリスのわらべ唄、3匹のクマは昔話がテーマです。ウサギはこの絵本を作った作者と画家の別の絵本の一場面です。

 物干台にはソックスとミトンが洗濯バサミで止められています。暖炉には火が燃えていて部屋を温めているし、大きな人形の家の窓は明るく輝いています。大きな2つの窓のしま模様のカーテンは優雅にまとめてそれぞれ片側に寄せられ、ガラスの向こうに暮れなずんでいく空が見えています。たくさんの星は次第に輝きをましていき星の間を満月が徐々にのぼっていき、時間のうつりを感じさせます。静かに動く時計の針も時間の経過を示しています。

 ここは子ウサギの部屋で、子ウサギはベッドに入って眠ろうとしているところです。生き生きと動いているのは、子ウサギとゆり椅子に座って編み物をしているおばあさん、2匹の子猫たち、それに小さなネズミです。なぜか赤い風船も空中をただよっています。

おばあさんの膝から落ちた毛糸の玉は床を転がっていき、子猫たちはそれにじゃれついて遊んでいます。なかでも一番激しく動いているのはネズミです。画面のどこのネズミがいるのか探すのは楽しみです。

 子ウサギはベッドの中で静かに寝ているのではなく、よく動いていています。そして部屋の中のあれやこれやに声を掛けます。「おやすみ くまさん」「おやすみ いすさん」というふうに「おやすみ」を言っていき、おばあさんが出て行った後の暗くなった部屋できらきら輝く星に「おやすみ ほしさん」「おやすみ よぞらさん」と言って眠りにつきます。でも「おやすみ おつきさま」とは言いません。この本を読んでもらっている子どもが子ウサギにかわって「おやすみ おつきさま」と言うのです。この子どもも子ウサギと一緒になって絵の中の部屋の中にあるものに「おやすみ」と声を掛けてきたのです。どうしてもこの部屋に入りたいと頁の上に足を置いて「入れない!」といって子どもが泣いたと手紙に書いて画家に送った母親がいたということを、子どもの本の研究家のレナード・マーカスが『「おやすみなさい おつきさま」ができるまで』という本の中で紹介しています。

この本の文を書いたマーガレット・ワイズ・ブラウンはコロンビア大学で児童心理学を学び、さらに幼児教育を研究し、それを実践していたバンク・ストリート教育大学で子どものための本を作ることを学んでいます。幼児のための出版社を設立したスコットの下で編集長として多くの本を書き、その後42歳の生涯を閉じるまでに100冊近くの本を書き、いまも遺作に絵をつけて新作として出版が続いている稀有な児童文学者です。画家のクレメント・ハードとは数多くの絵本を共に作っています。マーガレット・ワイズ・ブラウンは豊かな想像力と鋭い言語感覚をもっていました。優しい言葉で子どもの心に響く豊かな世界を届けた詩人といえるでしょう。

 この「おやすみなさい おつきさま」は1歳の子どもでも読んでくれる人がいれば一緒になって読めるほど、単純なことばで書かれています。Goodnight moon Goodnight cow…” とくり返されるのですから、日本の中学生でなくても一緒になって読めます。

A child’s Good Night Book,
Text by Margaret Wise Brown
Pictures by Jean Charlot 1943

②「おやすみなさいのほん」M.W・ブラウン 文

J・シャロー 絵 石井桃子 訳 複音館書店1962

①と②は似ているようでかなり違います。①ははじめアメリカで出版された絵本です。大きさは①はおよそ16×16㎝の小さめの本ですが、②は25×21㎝の縦型です。

どうしてこんな違いができたのでしょうか?

 
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