絵本・旅行コラム(パパママコーナー)

イギリスはやっぱりおいしい!

おもしろいお話の本には,それにふさわしい絵がついているのが望ましい。あのアリスも「絵のない本なんて・・・」といっている。
そして、話のなかには、食べるところが出てくるのも望ましい。 人間は食べなくては生きていけない。人間が描いてあれば、 必ず食べるところが描かれるはずである。もちろん、登場するのが人間とはかぎらない。 だから、ねずみであろうと、もぐらであろうと、その他どんな登場人物も食事をする場面が描かれる。 なにを、どんな風に食べるかによって、食べる人のことをうかがい知ることができる。食事の場面は人物や物語の背景を実に雄弁に語ってくれるのである。

『時の旅人』は、ロンドンに住む現代の少女、ペネロピー・タバナーが、 田舎に住む親戚の農場を訪ねた時に経験した不思議な出来事を描いている。 ペネロピーが、サッカーズ農場の古くから伝わっている家の戸を開けると、そこは、彼女の住む現代ではなく、 十六世紀 の服装をした貴婦人たちがテーブルを囲んで座り、象牙の牌でゲームをしていたのである。 それをきっかけにして、ペネロピーは、三百年以上前にこの農場に住んでいた領主の世界にすべり込んでしまう。 そして、エリザベス一世のいとこであるスコットランドの女王メアリーをめぐる歴史的なある事件に巻き込まれていく。
時間の移動と歴史上の出来事を中心に展開していくという、おもしろい物語であるが、 よく書けた物語がいつもそうであるように、この物語でも、食事の場面がとても魅力的なのである。 それを読んでいると、ぜひとも私も同じものを作って食べなくては、という気になってくる。 「・・・薪がぱちぱち、しゅうしゅうと音をたてていました。 炉のそばの丸いテーブルに食事の用意ができていて、私たちはごちそうの前にすわりました。 焼いたオーツ・ケーキ、ローストチキン、黄色いチーズ・ケーキ、私たちの握りこぶしくらいの大きさの、 奇妙なでこぼこのパン、それから、ムギの束の型が押してある金色のバターのかたまりがなどならんでいました。」
簡単な食品が並んでいるだけだが、燃える火の暖かさと明るさや、薪のぱちぱちいう音が、 材料の新鮮さと味わいの豊かさを想像させる。 じゃがいもの好きな私としては、次の食べ方は見逃せない。 「オーブンから、あつあつの焼きジャガイモのにおいがしてきました。 ・・・ジャガイモを二つに割って、塩をふりかけ、バターのかたまりを入れ、クリームをつぎこんでスプーンで食べるのでした。 茶色く焼けたぱりぱりの皮まで食べました。」
これなら、私だって、皮まで食べてしまうだろう。これに匹敵するのは、ほかほかの炊きたてご飯に「神綜」の塩昆布をのせたのだ。 イギリスは、お話もおいしいのである。

注:サッカーズ農場のモデルになったダービーシャーにある屋敷は、現在民宿になっているので泊まることができる。アリソン・アトリー作 松野正子訳  『時の旅人』(岩波少年文庫3148)

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