絵本・旅行コラム(パパママコーナー)

森の中の丸太小屋

 2019年の6月にロシアへ旅行しました。近代化の進むモスクワから、全体が文化遺産のようなサンクト・ペテルブルグまで最新型の寝台特急に乗りました。白夜の時期だったので夜行列車の窓からは沿線の景色が見えました。

 緑の森の中に小さな丸太小屋が見えました。どこかで見た風景です。そう!3びきのくまの家です。実際は狭いアパートに住んでいる人々が政府に貸与された土地に自分たちで手作りした別荘で、ロシアではダーチャと呼ばれています。人々は週末や休暇を過し、野菜などを作っているようです。

 さて、昔ばなしの「3びきのくま」ですが、たぶん「赤ずきん」や「シンデレラ」と同じように世界中で知られている話のひとつです。

 森の中におおきいくまと中くらいのくまと、ちいさいくまの3びきが住んでいます。ある朝、ごはんにおかゆを作って、それがさめるまで散歩に出かけると、留守中に金色の髪の毛の女の子(ゴルディロックス Goldilocks)が入り込んで、おかゆを食べ、椅子をこわし、あげくのはてに小さなベッドで寝込んでしまいます。帰ってきたくまが女の子をみつけると、女の子は窓から逃げてしまいました。

 この話が文字になったのは19世紀ですが、1890年に出たジョセフ・ジェイコブスの「イギリス昔話集」がもっともよく知られています。その後、ロシアの作家トルストイが、農民の子どもたちのために書き直した話が広まっています。トルストイは大、中、小のくまに名まえをつけて、おとうさん、おかあさん、ちいさな坊やのミシュートカという一家の話にしています。

 人間の女の子には名まえがついていません。この話にバスネツォフが絵をつけた絵本が1962年に日本で出版され、それ以来50年以上親しまれています。私が「3びきのくまの家だ!」と思った丸太の家はこの本の中で見たものとそっくりだったのです。

 いろいろの国で「3びきのくま」は絵本になっています。日本ではネットで検索すると数えきれないくらいの絵本がヒットします。イギリスのジョイコブズのテキスト通りの絵本はみつけていませんが、この話の中で家に入り込むのはみっともない悪いおばあさんなので絵本にしようと思う人はいなかったのかもしれません。どういうわけか、このおばあさんは知らぬ間に(私が調べていないのですが)金の髪が美しい、ちょっと遠慮知らずの(他の家に黙って入るのですから)女の子に変わり、はや1909年に当時人気のあったイラストレーター、レズリーブルックが描いた絵が「金のがちょうのほん~四つのむかしばなし」に入っています。今も手に入りますから、ぜひご覧になってください。21世紀に入っても新しく絵本になって出ています。しかし、新しい絵本は現代的に味つけしたり、話を今を生きる子どもがわかりやすいように変えているものが多いようです。子どもがわかるように、という考え方は親切そうでも、実は意外とこの話しがもともと持っていた力をじゅうぶん理解していないともいえると思います。この点はおとなが子どもをどう理解しているかという問題にも関わるのではないでしょうか。

 私はジェイコブズの話を軽妙な味わいのある日本語にした石井桃子訳で子どもたちに何度か語ったことがあります。あるとき、ひとりの男の子(4、5歳くらいか)がひとりでこっそり私のところに近づいてきて、真剣な顔で「むかしだったら、ほんとうにあったの?」と聞きました。この話は「イギリスとアイルランドの昔話」という本の中に入っていますが、小さな絵がついているだけで、小さい子どもが自分で読む本ではなく、読んでもらう本です。また、個人的なことをいうと、この本はずっと以前に別の出版社から出ていました。私のお気に入りで、この本の中のいくつもの話が忘れられず、ずっと探していたのに長く絶版になって手に入りませんでした。それが1981年に別の出版社から出たので大よろこびでいくつもの話を覚えて子どもたちに語ってきました。子どもの本には絵がなくてはいけないというのは確かにそうですが、子どもは語られるのを聞くのも大好きです。
 昔ばなしはもともと語ってもらうのを聞いていたのですから、話をして既に完成されています。画家としては絵にしたい気になるでしょう。おはなしを聞いているうちに、絵が浮かんでくることもあります。たくさんの絵本があるのも当然だという気がします。

「3びきのくま」の話のおもしろいところは、くまが大きいの、中くらいの、小さいのと3段階の大きさで、それぞれ大きいもの、中くらいのもの、小さいものをもっています。声も大きい、中くらい、小さい声です。それぞれ大きいとはどんなことかがよく伝わってくるように話が進んでいきます。金の髪の女の子はくまの家に入るとおかゆを食べてみて、大きいくまのは熱すぎる、中くらいのくまのはぬるすぎると思い、小さなくまのおかゆが熱すぎもせずぬるすぎもせず、ちょうどよいあんばいなのを発見してみんな食べてしまいます。赤ちゃんに実験をして、赤ちゃんが金の髪の女の子(ゴルディロックス)と同じように熱すぎない、ぬるすぎないちょうど良いあんばいのものを味わってみて満足する過程は、発達心理学や認知科学ではゴルディロックス原理とか効果と呼ばれる学習モデルとされています。
 また、くまと女の子の関係がふつう考えられているのと逆になっているところもおもしろいと思います。よくニュースで伝えられるように、くまの方が人間の生活圏に入り込んで騒動になるのに、この話は女の子の方がくまの生活に入り込んで、くまを混乱させるのです。
 どの本を選んだらよいか迷ったら、このような点がどう描かれているのかをよく見てみることをおすすめしたいと思います。

 

 

 

 

 
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