絵本・旅行コラム(パパママコーナー)

わたしはだあれ?

「わたしはだあれ?』
                         石川 晴子 児童文学研究家
 

今回ご紹介致します絵本は『わたし』谷川俊太郎文 長新太絵 福音館書店です。


わたしはだれでしょう?というクイズがあります。たとえば、「わたしは海に住んでいます。海の中ではいちばん大きな動物です。時々潮を吹きます。わたしはだれでしょう?」と聞かれて答える遊びです。そう、答えは「鯨!」とても簡単です。では、答えがあなた自身になるように問題を作ってください、といわれたら、どうでしょうか。

「わたしは、日本の首相です」とか、「××の歌をうたっている歌手です」とか、「さくら組の担任です」などのヒントが出せるひとなら、簡単にわかってもらえるでしょう。だれでも知っている社会的な立場や、多くのひとが特定できる特徴は、他のひとから見てもだれのことわかりやすいからです。でも、だれもがそのようなヒントが出せるわけではありません。こどもだったらどうでしょう。

「わたしは、なにものか?」仕事や業績などは、もちろん、そのひとと切り離せないないそのひとの一部です。しかし、ひとは、いつも仕事をしているわけではないし、家に帰れば社会的な立場から離れて「自分」にかえるでしょう。その「自分」は、じつは、社会と関わっているときにも隠れていたり、表に出てきたりします。「自分」を自分でコントロールできることもあれば、自分でもどうしようもないこともあります。どれほど「自分」とつきあうことができるか、これはおとなになる過程で身につけていくたいせつな課題といえるでしょう。

 さて、ここに一冊の絵本があります。表紙の真ん中で、女の子がひとり、立ってこっちを見ています。表紙をあけて中を読んでみましょう。同じ女の子が立っています。「わたし」「おとこのこから みると おんなのこ」「あかちゃんから みると おねえちゃん」「おにいちゃんから みると いもうと」「おかあさんから みると むすめの みちこ」「おとうさんから みても むすめの みちこ」・・・おばあちゃんからみると孫、おじさんからみると姪・・・ 家族や親戚からみると、それぞれとの関係のちがいから呼び方が変わります。みちこちゃんは、家から幼稚園、あるいは学校へ行きます。すると、また、呼び方が変わります。「せんせいから みると せいと」で、お隣のおばさんから見ると、山口さんちのお子さんです。ここから調子が変わり、犬からは人間だし、宇宙人から見れば地球人です。お医者さんから見ると、「やまぐちみちこ、5さい」です。ついでに、レントゲンで見るとガイコツ!です。映画館では、こども。そして、知らない人から見れば、「だれ?」知らないよそのこどもです。歩行者天国のような群集にまぎれこめば、おおぜいのなかのひとりです。

「わたし」は「わたし」にとっていちばん大事な存在です。家族にとっても、かけがいのない大切な存在です。でも、いつも、どこでも、いちばん大事なひとではありません。

「わたし」は、すこし大きくなると、あちこちに出かけていきます。出かけて行ったところで、呼び方が変わります、「みちこ」とか「みちこちゃん」とか「みっちゃん」と呼んでくれるひとばかりではありません。「お子さん」だったり、「こども、ひとり」だったり、「どこかの子」だったり、どこの子かわからなくて「まいご」といわれることがあるかもしれません。「わたし」はひとりきりなのに、そこにいるひとにとっては、別のいろいろなひとになります。ただひとりっきりの大切な存在であり、同時に相対的な存在でもあります。そして、どのひとも同じように、みんなそれぞれ絶対に他のひとと代われない大切な存在であると同時に世界中の何億というひとのひとりです。

 

 2013年の夏は、ことに暑い日がつづきました。酷暑にめげず研修会では、いつものように熱心な参加者が集い充実した勉強ができました。ロス・アンジェルスから来られた斉藤法子先生の基調講演のテーマは、「道徳」でした。自己認識が自己中心的な状態から段階を踏んでしだいに相対的な自立した自己像の認識へと成長していくことが、健全な道徳を身につけるのに欠かせないことが、わかりやすく例をあげて語られました。

 あかちゃんは、わたしたちと同じように話せるようになるまでには、およそ2年ほどかかります。話せるようになっても、なかなか、自分のことを「わたし」と呼ぶようにはなりません。わたしには、あかちゃんがじっくり時間をかけて「自分」になっていくように思われます。この『わたし』という少し変わった絵本は、自分とはなにかをみつめるきっかけになるのではないでしょうか。こどもといっしょにゆっくりと読んでみるとよいと思います。物語の本ではないので、話し合いながら、たのしむことができます。

 少し大きいひと向きですが、同じ作家と画家による『あなた』という絵本も出ています。

 

 

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